オフィーリア 
Vol.2
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それから茉莉ちゃんとは連絡が取れなくなった。
考えてみたら彼女はフィンチリーに住んでいるというだけで
僕は茉莉ちゃんの住所も電話番号も知らなかった。
大抵彼女から電話が来たし
ナショナルギャラリー界隈やサウスバンクをうろうろしていたら
偶然に出会えることも多かった。
僕はもちろん会えるかなと期待して行ってたんだけど。

茉莉ちゃんも僕のことが好きなんだって思ってたのは
ただの自惚れだったのか。
あんなことしなければよかったと自己嫌悪の日々が続いた。

会いたかった。
話がしたかった。
茉莉ちゃんの笑い声が聞きたかった。

それでも僕は美術館通いは止められなかった。
素晴らしいものを見て感動し、感応し
自分の中から外から、身体から感じる感覚を僕は知った。
学校が終わるとどこかのギャラリーに行き
家に帰ると必死に英語の勉強をした。
アートスクールは無理でも
僕はとりあえずアダルトスクールのアートの教室に行くつもりだった。

あっという間にまた2ヶ月が経ちロンドンにも本格的な冬が訪れた。
低く雲が垂れ込め毎日寒い陰鬱な曇りの日々。
その中で街だけはクリスマスの飾り付けでキラキラとしていた。

その日、近くに住んでいるセルジュの家でパーティーの予定があり
僕が出かけようとしているときに電話が鳴った。

「慎くん・・・寂しいの。今から来て。」
茉莉ちゃんはそういってストリートの名前と番地を告げた。
なんだか様子が変だった。

僕は急いで家を出たが今日はクリスマス。
店も開いてなければ電車もバスも止まっている。
慌てて電話でキャブを探したが
個人営業がほとんどのキャブは電話に出ない。
この辺は少し郊外だしTAXIもいない。

腕時計をみた。2時半。
3時には暗くなってしまう。

僕は走った。

暗くなるまでに茉莉ちゃんのとこに行かなくちゃならないような気がした。
国鉄の駅に行けばTAXIがいるかもしれない。
ただひたすら誰も歩いていない道を走りユーストンの駅を目指した。

茉莉ちゃんのフラットについたのは5時を過ぎていた。
外はもう真っ暗になっていた。歩く人もいない静かな闇夜だった。
みんな家族で過ごすクリスマス。
家の中だけが明るく暖かく、外の闇を拒否しているように見えた。

ベルを鳴らす。
2度、3度。
出てこない。

どうしたんだよ。

僕はひどく不安になった。
何度もベルを鳴らし、ノッカーでドアを叩く。

そのときドアが静かに開いた。
僕が押すとその勢いで茉莉ちゃんが床に崩れた。
下着のままで倒れた茉莉ちゃんの左腕が赤く染まっていた。

僕は茉莉ちゃんを見下ろしながら
外国のドアはなんで内開きなんだろう
と、関係ないことを何故か思った。

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2001/08/23