オフィーリア 
Vol.3
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「もう、来てくれないと思った・・・」
白い顔を更に白くして茉莉ちゃんはぽつりと言った。

「いつだって、茉莉ちゃんが必要なときには来るよ。」

傷の手当てをしながら僕は彼女の左腕から目が離せなかった。
肘から下には平行に20個くらいの傷があった。
長いのも、短いのも、縫ったようなのも、そのままの傷も。
だけど、何も聞けなかった。

その夜、クリスマスソングが流れるラジオを聞きながら
僕は茉莉ちゃんを抱いた。

腕の中で安心したように眠る彼女は
さっきまでは女だったのに今は子供みたいに見えた。

それからホリディの間中僕たちはずっと一緒だった。
ニューイヤーズイヴのカウントダウンにも行かず
僕は友達のパーティーにも全部欠席した。

少しずつ元の茉莉ちゃん戻ってきたような気がした。
昼間は茉莉ちゃんは僕にエッチングを教えてくれた。

「慎、筋がいいよ。センスあるよ。」
「そうかな、美術だけは5だったんだけど。」

僕は油をするつもりだったけど、面白くてのめりこんでいった。
ふと手を休めると僕の傍にはいつも
茉莉ちゃんの見守るような心配そうな嬉しそうな
それでいて真剣な顔があった。

夜は何度も何度も愛し合った。
昼間のおねえさんみたいな茉莉ちゃんと違って
ベッドの中の茉莉ちゃんは感じると
震えながら僕にしがみついてくる。
いっぱい感じさせてあげたかった。
そしてそのあとは子供のように幸せそうに僕の胸で眠った。

それでもやっぱり僕は
茉莉ちゃんが料理を作るためにナイフを持つとどきどきしたし
相変わらず腕の傷を直視は出来なかった。

ホリディが終わってからも僕たちは毎日会った。
ほとんど茉莉ちゃんのところで僕は生活した。

学校へ行き、ギャラリーに行き、お茶を飲み、
歩きながら青いリンゴを食べ
寒さで鼻を真っ赤にしながら
焼き栗で手を真っ黒にして、話し、笑い
少しずつ作品を一緒に創り・・・
こんなに楽しい生活があるのかと思った。

もう2月も終りの日曜日、窓の外がやけに明るかった。
雪が降ったみたいだった。
わあ、雪だね、とはしゃぎながら外を見ていた茉莉ちゃんがふと呟いた。

「恐かったの・・・」
「ん?」
「いつも、おとこのひと・・・
ううん、みんな、私を見捨てるの。」

それから、積もればいいな、とにっこりと笑った。

けれど雪は積もらずその日の午後に溶けてしまった。

出かけるために髭を剃ろうとして洗面所で
僕はいつもは開けない引出しを開けた。
ピルが相当残っていた。
僕は青ざめた。

「茉莉ちゃん、ピル、飲んでないの?」
僕の口調が強かったのか、彼女は怯えたように
「・・・忘れてた。」と消え入りそうな声で言った。
「怒らないで・・・慎。」

「怒らない、けど・・・もし・・・
なにかあって茉莉ちゃんを傷つけたくないんだ。」
そう言いながら僕は

―僕はウソをついている―
と思った。

そして微笑んだ茉莉ちゃんの顔が一瞬醜く見えて
目を逸らしてしまった。

その晩彼女は僕と知り合ってから2度目の自殺企図をした。

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2001/08/23