オフィーリア 
Vol.4
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夜、地下鉄の最終に遅れナイトバスで僕が帰ったとき
バスルームからなかなか出てこない茉莉ちゃんに
嫌な予感がした僕は頑丈なドアを蹴破った。

裸のまま倒れている茉莉ちゃん。
腕には今までの平行の傷跡の上に
今度は垂直に大きくかなり深く傷が入っていて
流れた血は床を染めていた。

でも本当はそれよりも
僕は茉莉ちゃんの太腿に流れる血のあとを見て
心底ほっとしたのだった。

―なんて奴だ―

その罪悪感を打ち消すように僕はそれから一週間
献身的に彼女の看病をした。
だけど、ベッドに横たわった彼女はうつろな目をして
天井を見つめるばかりだった。

その日
僕が買い物に出ようとした時茉莉ちゃんが言った。

「慎・・・。いっちゃうの?」

そんなつもりは一つもなかったのに
僕は返事が出来なかった。

佇んだ僕に茉莉ちゃんは起き上がり
何処にそんな力があったのか銅版の何枚かを僕に投げつけた。
僕は動けなかった。
最後に茉莉ちゃんはエッチングで使うニードルを投げた。
それは僕の腕を掠め、少し血が流れた。
そのとき僕は初めて怒りと哀しみがわいた。

「茉莉ちゃん・・・アーティストだろう?
大事な道具だろ?そんな茉莉ちゃん、僕は悲しい。」

投げつけられた二人で創った銅版を僕は集め
それを持ちそのまま部屋を出た。

何処をどう歩いたのかハンガーフォードブリッジの上を僕は歩いていた。
小銭をねだるホームレスを無視し
平行に走る鉄道のあかりを見詰め
絵葉書のような国会議事堂を眺めた。

対岸のナショナルシアターの前の川沿いの歩道を
僕たちはよく歩いた。お気に入りの場所だった。
柵にもたれ霧の中のオレンジの街灯の下で何回もキスをした。

僕はこの街で何をしたかったのだろう。

そして下を流れる澱んだテムズに銅版を投げ込んだ。

茉莉ちゃんのことが好きだ。
仕種も声も大好きだった。
一緒に居たかった。今でもだ。

でも、僕は自信がなかった。
すべてを受け止めて包み込む自信などなかったのだ。

こうして僕は茉莉ちゃんを見捨てた。

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2001/08/27