C'est la vie

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家を飛び出しても行くところがなく
なんとなくこの駅で降りてしまった。
一度もそこを訪ねた事はなかったが勇気を出して電話をかけてみる。

「ショウコさん?」
「あら。ユーコちゃん?珍しいわね。どうしたの?」

ショウコさんはデザイナーだ。
小学6年生になるユウヒ君と2人暮らしをしている。
そして私の夫であるシュンスケの前の奥さんだ。

「ようこそ。狭いけど入って。」
ショウコさんの笑顔を見たら急に自分が恥ずかしくなった。
「ごめんなさい・・・。それもこんな時間に・・・非常識ですよね。」
「そんなこといいじゃない。訪ねてきてくれて嬉しいわ。」

ユウヒ君もゲームの手を止めて
「おばちゃん、こんちは。」と挨拶してくれた。

「別れたくなった?」ショウコさんが「ははは」と笑った。

ふたりが離婚する前から私とシュンスケは付き合っていたので
カッコとしては奪った形だったし
そのころは3人で話し合ったりもしていわゆる修羅場のようなものもあった。
消耗戦のような感じだった。
その戦いからある日ショウコさんはふっと一抜けたを宣言して
ユウヒ君を連れて家を出たのだった。
それからもう3年が経つ。

ユウヒ君がベッドに入った後
ショウコさんがワインを持ってきた。
「なんか二人でこうやってゆっくり話すの初めてね。」

私はショウコさんにどこか憧れていたし
本当は今までだってたくさん話したいことだって
謝りたいことだってあったけど自分からはそんなふうに出来なかった。
そんな気持ちを素直に言ってみた。
そしてお門違いだとは思ったけど
話し出したらいいかげんなシュンスケに対する不満も
涙と共に堰を切ったように出てきてしまうのだった。

それに・・・
一度だってこのひとに勝ちたいとか
ましてや勝ったなんて思ったことはなかった。
彼の気もちは疑ったことはなかったけれど、状況がこうなったのは
彼が私を選んだんじゃなくショウコさんが出て行ったから。
そうとしか思えなかった。

私の話を黙って聞いていたショウコさんが言った。
「シュンスケのこと愛してるんでしょ?」
「・・・そうなんでしょうか。」
私の顔をじっと見つめてショウコさんはまた「ははは」と笑った。

「私が何故戦線離脱したかわかる?」
「・・・」

「正直に言うわよ。
最初はなんて馬鹿な女なんだろうって思ったわよ。
シュンスケの言うとおり黒を白って言ってあげるんだもん。
私は誰がなんと言おうと黒は黒だからね。
でも、途中で言ってあげてるんじゃなくて
あなたにとっては本当に白なんだなって思ったの。
そしてそういう人が彼には必要なんだって。
だからね、信じてあげて。
大丈夫。それであなたもシュンスケもやっていける。
そしてシュンスケもあなたを愛しているのよ。
私には、それがわかるわ。」

黒とか白とかなんだかよくわからなかったけど
ショウコさんの気持ちだけは痛いほどわかったような気がした。

「・・・私にはきっとそれしか出来ないんですね。」
「う〜ん。それもひとつの才能なのよ。私にはない、ね。」

「ねえ、明日ユウヒがそっちへ行く日でしょ。」

そうだった。
離婚のときの約束で
月に一回の週末にユウヒ君はうちに泊まりに来ていた。
いつもはシュンスケが迎えに来て連れて来る。

「私が連れて行くわ、明日。
3人で行きましょ。話があるの。」

そしてショウコさんは来年イタリアに行く話があることを告げた。
「3年は帰ってこられないから、来年はユウヒも中学生だし
本人に選ばせようと思ってるの。
もし日本に残りたいと言ったらお願いするかもしれない。
あなたには負担かもしれないけど、いいかしら?」

ユウヒ君は好きだったし私も来るのを楽しみにしていたけれど
突然の申し出に驚いて私は言った。

「もし・・そうなったら、
私にユウヒ君任してもらって心配じゃありませんか?
大事な年齢だし。」
「ユウヒにはユウヒの考えもあるの。
私達は今までもいろいろ話し合ってきたし息子に誇りを持ってるの。
それに私も3年間見ていないようで見ていたのよ、ちゃんと。
嫌だったら月に一回行かせるもんですか。」
そしてショウコさんはにっこり笑った。

「私、あなた、好きよ。」

私の携帯がなった。
「ほら、シュンスケだ。私が出るね。」

<びっくりした?ん?だーめ。迎えにこなくてよろしい。
今日はおとなしく反省しときなさい。女同士の話があるの。>

そういってショウコさんは電話を切った。
「慌ててるわよ、今日は眠れないわね、あいつ。」

「私もショウコさん、大好きです。ありがとう。」
思い切って言ってみた。

「よかったらまた遊びに来て。
今度彼氏も紹介するわ。
イタリア行っちゃうからどうなるかわかんないけどね。
それもまた、人生。」

そういって42歳のショウコさんは輝いていた。
いろんな思いがあっただろうに
飲み込んで前を向いている。
強いな、と思った。

彼女の年まであと7年。
私は黒を白と信じつづけてこんなふうに輝けるのだろうか。
でも、それもまた人生。
私とショウコさんは全然違う。
彼女に憧れても彼女のようにはなれない。
そしてそれが私の生き方ならそうやって生きていこう、と思った。

「私、帰りますね。」
「うん。それがいいわ。それがユーコちゃん、あなたらしいわ。
明日行くから、伝えておいてね。
・・あ。お迎えよ。」

聞きなれたエンジンの音が聞こえて、止まり
しばらくしてチャイムが鳴った。



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2002/1/17