ところによりにわか雨

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「えええ、金ないよ、俺。」

それが生理が遅れてるって伝えたときのトモキの第一声。

部屋で話すのはなんか気詰まりで、そうこうしてるうちにもう5時で
あたしの出勤時間とトモキの劇団の稽古時間が迫ってて
だから、ちょっと腹ごしらえしてからとふたりでマクドに寄って
ハンバーガーを食べながら軽い調子で言ってみた。

「何日遅れてんの。」

食べかけのビッグマックを持ったままトモキが言う。

「んー。10日。」
「えー。帰り診断薬買って帰ろうか?」
「いいよ。2000円もったいないじゃん。結局病院行かなきゃいけないんだしさ。」
もし、できてたら・・・ってことばをあたしは省略した。

「お金ならさ、あたしプロミスのカード持ってるし。」

周りは学校帰りの高校生ばっかで
ああ、話すならそれなりの場所ってあったのになぁって
いい年して自分のマヌケさにおかしくなった。
トモキはコーラを一回ズズって音を立ててすすってから
なんか考えてるみたいに黙りこんでしまった。
気まずいったらありゃしない。
こんどは惨めになってきた。

あ・・・。

「トイレ、行ってくる。」
「ん。」

・・・来ちゃった。

赤い色を見てほっとしたと同時になんだかぽろぽろ涙が出てきた。
トモキに言うの一日待てばよかった。

でも、それだけじゃなくて
遅れてるって思ってから今日まであたし、なんか知らないけど
タバコやめて、お客さんが勧めるお酒も体調が悪いって断って
産める訳ないかな、って思っててもなんだかおなかにいるみたいで
怖くって嬉しくって悲しくって幸せでおなか撫でたりしてた。

バカみたいだけど、
生理が来てよかったんだけど、
なんかすごく寂しくなってしまった。

・・・いなくなっちゃった、トモキの赤ちゃん。

あたしは化粧を直して泣いたのを気付かれないようにトモキのところへ戻った。

「遅くなってゴメーン。混んでたー。あのね、」
私の言葉をさえぎってトモキが言った。

「俺、芝居やめるわ。」
「え?」

「考えてたんだよね、ここんとこずっと。
研究生ずっとやってたって埒があかないしさ。
オマエに夜働かしてさ、なんかヒモみたいじゃん。」
「えー、働かされてるんじゃないもん。あたし、芝居やってるトモキ、好きだもん。」

トモキはあたしを見ないで話しつづける。

「ほんとはさ、最初それってちょっとカッコいいかなって思ってたんだよね、自分でもさ。
でもな、最近すんげーカッコ悪い気がしてきたんだよね。
だんだん俺、ダメになっていく気がしてさぁ・・・。
それに本当は、オマエが夜働いてんのいやなんだよなぁ。
こないだ客に送ってもらってただろ?
あれ見てさ、初めて思った。」

そこまで一気に言ってトモキはもう一回コーラをズズズって音を立てて飲んだ。

「でもさ、どう考えても今回は・・・」
今度はあたしがトモキをさえぎった。
そのあとは聞きたくなかった。

「ごめんごめんごめんごめん。あのね、・・・来ちゃった。」

しばらく間があってトモキが言った。

「・・・そっかぁ。」
「ごめんね、早とちりで・・・」
「いや。」

マクドを出た後もなんだか話しづらくて駅まで黙ったままふたりは歩いた。

改札の前でトモキは一旦立ち止まって
「ちょっと、タバコ。」といってまた戻りベンチに腰掛けた。
そしてふうーって煙をはきながら言った。

「あのさ、出来たら産めよな。」

それを聞いた時、あたしの目からまたぽろぽろ涙が零れた。

「泣くなー。カッコ悪いじゃん。」
「うん、涙が勝手にーー。ごめんーー。」
「俺、カッコ悪いのヤなんだって。明日からちゃんと職探すからさ。
そうだ、ついでにオマエもスナックやめちゃえば?
今日はもう行けないぞ、化粧ぐちゃちゃだし。」
「うん・・・。」

そして「吸うか?」と言って吸いかけのタバコを私に渡してくれた。

「我慢してただろ、知ってた。」

言い方がすっごく優しくて痛くてあたしの涙はますます止まらなくなった。

「・・・トモキ、芝居やめないで。」

あたしがそう言ったらトモキは立ち上がってあたしを指差して
「おまえの指図はうーけーんーーー。」
ってふざけてものすごい芝居がかった言い方をしてあはははと笑った。
あたしも泣きながら笑った。

「腹減った。ラーメン食べて帰ろっか。」
「えー。今、ハンバーガー食べたばっかじゃん。」

早歩きのトモキの後ろを半歩遅れてあたしはついて歩いた。
三日月が暮れかかった夕焼け空で笑っていた。
                   

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2002/08/15