あの日から(左)

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駅前の喫茶店に那美は待っていた。
「わたしは、行けないわ。」と那美は墓参りは辞退した。

雨が静かに降ってきた。

「やりなおさないか。」
「え・・」
「僕たちは、思考も感情も、ほとんどどこかよそに向けていて
自分の問題を自分以外のあらゆるもののせいにしていたと思う。」
「・・・。」
「勇太と麻奈のために、ではなく
僕たちのために、やり直す気はないか?」

那美は涙を溜めていた。
「許してくれるのなら、最初からはじめたい。」

「心配かけて、すまなかった。」
僕は心から謝った。

そして喉仏の下、鎖骨の間の気管切開の跡を触った。
この傷の下に唯子のキスマークがある。
これで大丈夫、と彼女は確かに言った。

「あなたは生きなさい。」





声が聞こえた。
そうだね。すべてを抱えて。
僕はあの日から、これからの人生を
はじめて自分で選んだような気がした。


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2002/11/23