あの日から(てん 編)
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墓参りの後、駅前の喫茶店に入った。
那美は墓の前でしばらく手を合わせていた。
珈琲を飲みながら、那美が切り出した。
「唯子さんに怒られるかも知れないけど。」
僕の目を真直ぐ見詰めて那美が言った。
「別れてください、子供は私が育てるから。」
「・・・そうか。」
「どんなに努力しても、あなたを唯子さんから奪う事は出来なかったわ。」
不思議と感傷は無かった。
あの夜、僕は確かに唯子と一緒だった。
それは僕から那美の記憶を忘れさせるには十分だった。
しかし、子供はそう言う訳にはいかない。
那美があの男と再婚するのもいい。
しかし勇太と麻奈は僕が責任を持つべきだ。それだけは譲れなかった。
「君は子供が居ない方が良いんじゃないのか?」
一瞬、那美の顔が高揚した。核心を突かれて言葉が出ないのだろう。
「君があの男と関係があるのは前から知っていた。別れたら一緒になりたいだろう?」
「・・・知っていたの。」
「ああ、だから君は独りの方がいいだろう。」
「・・・何故、責めないの?私のことなんかどうでもいい?」
那美の目から涙が落ちた。
「責めているわけじゃないよ。僕が君を愛せなかったのが悪かったんだろう。」
「・・・やっぱり愛していた訳じゃなかったのね。」
「それはすまないと思う。でも君も同じだろ?僕らは愛し合っていないのに一緒に
なってしまったんだ。」
「・・・二人の事はお願いします。愛してない男の子供は育てられないわ。」
しばらくの沈黙が続いた後、那美がぽつん、と言った。
あれから何年経っただろう。
那美は結局別な男と再婚した。
僕は誰とも一緒にならず、子供達と暮らしている。
今も唯子の墓に行くと、声が聞こえるような気がする。
「あなたは生きなさい。」
そうだね、すべてを抱えて、今を生きているよ。
僕が選んだ、僕の人生を。
いつか空の上で会えたら、また微笑んでくれるかい。
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作者 てん
HP
TEN's Bar
作者コメント
基本的に子供を軸にしては居ますが、
夫婦間の心の微妙なずれを出してみました。
愛してない(愛されていなかった)男と暮らしていた那美が、現実を
突きつけられた時のショック、それに伴う感情の変化を書いてみたんですが・・・。
何も無ければこのまま夫婦で居たのだろうに。ほんの些細なきっかけで
脆さを露見する事になってしまう・・・。
現実にも多いかもしれませんね。
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2002/12/03